
Ref-rection 写真の余白 ドローイング 蜜ろう画 2025 2024 2023 2022 2021 2020
ペインティングは、私たちの知覚を揺さぶる装置である。
私は2023年から、アクリル板を支持体とした”Ref-rection”シリーズを制作しています。このタイトルは、「ref=参照する」と、”direction” や “correction” に含まれる「-rection=方向づけ・影響を受ける」を組み合わせた造語で、”REFLECTION(反射)” という言葉とも響きを共有しています。アクリル板の反射が繰り返されることで視覚的な知覚が揺らぎ、光の作用によって作品の見え方が変化する——このシリーズは、そうした視覚的現象をテーマにしています。
作品はアクリル板の裏からペイントし、壁から浮かせて展示します。絵具の影が空間に奥行きをもたらし、透明な層が視覚的な錯覚を生み出します。光や視点によって印象が変化し、様々な表情を見せる。私はそこに、新しい平面作品の可能性を感じています。
現代のデジタル社会では、視覚的なイリュージョンが容易に現実を超えます。しかし、それは脳を刺激する一方で、身体的な感覚には触れません。私はこのギャップに切り込み、体験しなければわからない「知覚の喜び」を伝えたい。光、視点、空間によって変化するこの作品は、鑑賞者の身体的な動きとともに成立するものです。
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■作品の特徴
1,触れられない質感
ガラスに押し付けられたような独特の質感と、凸凹があるはずなのに、表面はどこまでもフラット。これらの不自然さが、視覚的な違和感を生みます。
2,錯覚による知覚のゆらぎ
この作品群は、印象派からオプ・アートにつづく、視覚の錯覚による「ゆらぎ」や「あいまいな自己」もしくは「イリュージョン性」へのアプローチです。私の作品は、現実的で肉体的な感覚、特に光の彫刻を手がけたジェームズ・タレルのように、光の変化による知覚の体験を重視しています。
事実はひとつなのに、見え方は無限にある。この認識が私の作品の根底にあります。そして、それに気がついたときの新鮮な喜びを共有できる作品を目指しています。

3,光や視点によって変化する
壁面から浮かせて展示することで、絵具の影が壁に映ります。周辺の環境を取り込むように、アクリル板の反射や映り込み、絵具の影が複雑に関わりあって見えます。視点の角度や光によって、作品の印象が変化します。

4,アップサイクル
環境負荷軽減のために、制作する作品の多くはコロナ後に不要となったアクリル板をつかって制作しています。
■制作過程
Ref-rectionシリーズの制作は、計画的なプロセスと偶発的な要素を組み合わせることで成り立っています。
アクリル板に透明なマチエールを作成し、その上から下地となる色彩を施します。乾燥の程度を見ながら、新たなレイヤーを重ねることで、光の透過や反射を考慮した奥行きを生み出します。
その後、サンディングやスクラッチによって部分的に削り取り、色のコントラストや視覚的な揺らぎを強調。塗ったり、剝がしたりを繰り返しながら、光源の位置や強さを変えることで、異なる表情が現れるような構成を模索します。
透明素材の特性を活かすためのスタディを繰り返しながら、作品を完成させています。
■展示方法による見え方の展開
Ref-rectionシリーズは、絵画(平面作品)でありながら、光や影の立体的な視覚体験を生み出すことが特徴です。鑑賞者が能動的に動くことで、新しい美しさや面白さを発見できるような展示を模索しています。
1,光と影を意識した、印象的な展示
2,バックライト
背後にライトを設置することで、色彩とは異なる物質性が浮き上がってきます。


3,ミラー効果
絵の具の向こう側に、ペインティングの裏面や鑑賞者、周辺の風景の映りこみが見える。揺らぎを生み出す展示
4,映り込みの影の調整
絵の具の色やアクリル板の傷が影として現れるのも、透明なアクリル板ならではの表現として模索しています。
5,インタラクティブ性
鑑賞者に積極的に作品にかかわってほしいので、インタラクティブ性の高い体験型の展示方法を探求しています。
■ドローイングの役割

ドローイングは、作品の基盤を形作る重要な要素であり、単なる準備段階にとどまらず、制作全体を通しての思考の記録として機能します。作品の構成やレイヤーの配置を検討するために、手描きのスケッチを用いることが多く、特に光の透過や色の重なりを直感的に探るための視覚的な実験としての役割を持ちます。
また、ドローイングは完成作品とは異なるスピード感を持ち、即興的なアイデアの発見を促します。特に、透明素材を扱う場合、実際にアクリル板上で試す前に、紙上で色彩の組み合わせや形のバランスを確認することで、制作プロセスにおけるリスクを減らし、より意図的な表現を可能にします。完成した作品とドローイングは独立したものではなく、互いに影響を与えながら、視覚表現の幅を広げる役割を担っています。